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クリエイティブで誰かの役に立っているか?

クリエーター
Jun 18,2024

ただの偶然ではないと思うのだけど、自分の友人は海外に行く人が多い。

行くと書いたが、海外に旅行に行くことではない。

その国にほぼ永住することだ。

書籍のカバーには、大きな富士山
大学時代、仲の良い女子の友達が4人いた。
その中の一人は自分の元カノだが、その元カノを除いて、残りの3人とは卒業してからも頻繁に会った。
特に夜のクラブ活動には頻繁に出かけた。
自分はレゲエは聞かないし、辛い物は苦手だが、彼女たちはレゲエとエスニックフードが好きだった。
行くのは決まって、六本木にあったピジョンやクラブジャマイカ(通称クラジャマ)、恵比寿の次郎長バーだ。
そして一緒にエスニックやベトナム料理を食べに行った(あまり食べられないのだが)。
彼女たちは、同じ大学のグラフィックコースのクラスメイトだったが、卒業からしばらくして元カノはイタリアへ、1人はロンドンのRCAに留学、もう一人はスペイン、最後の一人は実家のある福岡へ帰って行った。
元カノはミラノでイタリア人と結婚して出産、ロンドンのRCAを卒業した子は、現地でグラフィックデザイナーとなり、デヴィッド・チッパーフィールドの事務所に勤める建築家と、スペインへ行った子はスペイン人と結婚してバレンシアに移住。
福岡に帰った子だけが、今もグラフィックデザイナーとして唯一国内で活躍している。
4人中3人が海外に移住して、いまも現地に住んでいる。
4人だけではない、ほとんどは女子だが、国際結婚をしてイギリスやミラノに在住している友人たちは多い。
富士山と文学 石田千尋 著
今回はその中の一人、スペインに住む友人のことを紹介したい。
彼女はスペインでグラフィックデザイナーとして今も働いている。
彼女の住むバレンシアの家に子供を連れて何度か泊まりに行ったし、日本から行くと24時間くらいかかる美しいイビザ島にも一緒に2回旅行した。
とてもよい思い出だ。
僕らには共通の知人がいた。
元々彼女から紹介してもらったのだが、彼女の同郷徳島出身の素敵な女性だ。
名前はちひろさんと言った。
結婚されていて、旦那さんは東大医学部卒で医者、ちひろさんも東大大学院の文学部卒で大学教授という、高学歴な夫婦。
エリートだが気取ったところがなくて、フランクで本当に良い人たちだった。
彼らの家に家族で遊びに行ったり、うちに来てもらったりもした。
高学歴夫婦だけれど、サブカルに詳しくて、東大の人たちに対して失礼かもしれないが、どこか美術大学との共通点も感じて、物事を突き詰める性格という点では似ているのかもと思ったりしていた。
でもすごくクレバーで、本当に素敵な人たちだった。
ちひろさんが勤務する山梨の大学のデザインの仕事もいくつかさせていただいた。
スペインで出版されたBURMA:FOOD FAMILY&CONFLICT
ちひろさんは母親を癌で亡くしていて、自分も過去に同じ病気を患ったことがあるとは聞いていたが、再発して亡くなってしまうなど夢にも思わなかった。
その知らせは突然やってきた。
僕の心友、ユータローもそうだが、どうして好きな人は突然いなくなってしまうのだろうか。
お葬式で旦那さんの言っていた、僕とちひろは今もこうして一緒にいるという言葉が心に染みた。
亡くなってからちょうど1年経った頃、家に1冊の書籍が届いた。
ちひろさんは山梨の大学で学生たちに日本文学を教えていたが、その本には生前、ちひろさんが行なっていた研究テーマ、富士山に関わる日本文学の論文が編集されていた。
デザイナーは、同郷徳島の出身でスペインに住む、前述の大学時代の友、4人のうちの一人だった。
表紙には遠くにあって少しぼやけたように見える、優しいタッチで描かれた何かの象徴のような富士山のイメージがある。
それは静かで優しく、でも堂々とした佇まいで、ちひろさんのイメージと重なり合う。
それを見て心を打たれた。
クリエイティブで誰かの役に立つとは、こういうことだと思った。
そこから自分は、自分が選んだクリエイティブで、誰かの何かの役に立てているだろうか?と自問するようになった。
会社の毎週のMTGで全員に、クリエイティブで、あるいは好きなことで何かの役に立つとはどういうことか、どうしたら役に立つことができるか?を考ようと発言するようになった。
クリエイティブはお金や単なる職業ではない、それは生き方だ。
役に立ちたい、でもそれはそんなに簡単ではない、それを自分にも問うていた。
1周忌のタイミングで本を出版する旦那さんの企画も愛があってこそだが、それに応えるクリエーター、編集者も愛がある。
またそれを出版した出版社も粋だと思う。
そこには愛しかない。
愛と、自分の生き方の指針であるクリエイティブで誰かの役に立つ。
胸が熱くなった。
写真のディレクションとエディトリアルデザイン
他国の言語で書籍デザインを担当するのはなかなか難しいだろう
スペイン在住の友人は優秀だ。
80年代に美大で学んだデザイナーと、最近美大を卒業したデザイナーのアウトプットでは、質が異なるように感じるのは気のせいだろうか。
その友人のアウトプットには、明らかに苦しんで勉強して獲得したクオリティスキルが透けて見える。
それは彼女がスペインで手掛けたビルマ料理の本からも感じる。
この料理本の装丁も凝っていて素晴らしい。
技だけでなく、愛を感じる。
いや愛があるから、技があるのかもしれない。
プロとはそういうものだ。
和訳はされてないので、書いてある意味はわからないが、十分に感じることができる。
タイポグラフィにはクリエイティブスキルを感じます
ハードカバーで金の箔押し、布張り、イマドキない立派な本
表紙に富士山が描かれた本が届いてからしばらくして、今度はハードカバーの立派な本が届いた。
富士山の本に続く、こちらも旦那さんの編集企画だった。
奥付にはこうある
「著者にとって研究と教育は生きることそのものであった。闘病中もその情熱は衰えることなく、病床でも論考を書きあげ、掲載誌の初校を受け取った日に、安心したように旅立って行った。」
ちひろさんにとっての研究と教育がそうであったように、ちひろさんは僕たちにも生き方について考える機会を与えてくれているように思った。
スペインでも日本でも、クリエイティブで誰かの役に立つ仕事
自分も誰かの役に立つ仕事をしているだろうか?
日々業務ではクライアントの課題解決をしているが、それが社会の役に立っているだろうか?
課題解決をすることでクライアントの収益が増え、その会社が収める法人税が増えれば、我々の仕事は社会貢献につながっていると言えるだろう。
そのお金が高齢者や子供のためのサポートに充てられるからだ。
しかしそうした間接的な関係は、なかなか普段の仕事では感じることは難しい。
クライアントの先にいるエンドユーザー、クライアントが提供するサービスやプロダクトを利用する人たちに、クリエイティブのチカラで役に立ちたい。
本当は直接的に我々が消費者に価値を与えたいと考えてから、随分時間が経ってしまった。
我々は、クライアントを通して、エンドクライアントに価値を提供しているだろうか?
そうした自分の原点にある当り前の気持ちを忘れてはならない。
自分が愛する仕事で、誰かに愛を届けたい。

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松本知彦 Tomohiko Matsumoto

東京新宿生まれ。
漫画家の父親を持ち、幼い頃より絵だけは抜群に上手かったが、
働く母の姿を見て葛藤し、美術を捨てて一般の道に進むことを決意。
しかし高校で出逢った美術の先生に熱心に説得され、再び芸術の道に。
その後、美術大学を卒業するも一般の上場企業に就職。
10年勤務ののち、またしてもクリエイティブを目指して退社独立、現在に至る。

  • 趣味:考えること
  • 特技:ドラム(最近叩いていない)
  • 好きなもの:ドリトス、ドリフターズ、
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